少額訴訟の手引き2026 — 60万円以下を自分で請求する
要約:少額訴訟は「60万円以下の金銭の支払い」を、簡易裁判所で短期間・低コストに請求できる手続です。原則1回の期日で終了し、相手が異議を出さなければ判決から強制執行まで進められます。この記事では、支払督促との比較表、申立てから執行までの流れ、費用の目安、「一回限り」ルールの落とし穴までを整理し、自分で進める場合の準備リストとAIの活用箇所を解説します。
少額訴訟とは — 対象と特徴
少額訴訟は、民事訴訟法上、60万円以下の金銭の支払いを求める請求に限って選択できる簡易な手続です。管轄は、相手方の住所等を管轄する簡易裁判所(または合意がある場合や、請求の原因となった事実が生じた場所など、一定の場合には他の簡易裁判所)です。
- 対象:60万円以下の金銭支払請求(売掛代金、貸付金、敷金返還、損害賠償など)。60万円を超える部分は別途、通常の手続で請求する必要がある
- 期日:原則として1回の期日で審理を終えることを目指す手続
- 証拠:書証や即時取り調べ可能なものが中心。長期の尋問などは行わない設計
- 異議の扱い:判決に対して相手方が異議を述べた場合、その事件については再度少額訴訟を起こせない(訴えが却下され、同じ裁判所で通常の手続へ移行するか、改めて通常訴訟を提起するかの枠組みになる)
- 利用回数:同じ簡易裁判所で、同一人が同時期に行えるのは原則10件までという制限もある
「一回限り」という表現はこの異議時の扱いを指すことが多く、勝訴判決が出れば当然ながらそれで終わりです。異議が出ると時間短縮のメリットが失われる——これが少額訴訟の本質的なリスクです。
支払督促との比較
60万円以下の債権の回収手段としては、少額訴訟のほかに支払督促があります。どちらを選ぶかで期間・費用・相手の反応が変わるため、比較表で整理します。
| 項目 | 少額訴訟 | 支払督促 |
|---|---|---|
| 対象 | 60万円以下の金銭支払請求 | 金額制限なし |
| 管轄 | 簡易裁判所 | 簡易裁判所(電子申告では裁判所書記官) |
| 最初の手続 | 口頭弁論期日に出頭して審理 | 書面のみ。最初の期日に出頭不要 |
| 相手の応答 | 期日に本人出頭し、答弁・和解交渉が直接行われる | 督促異議で応答。異議後は通常訴訟へ移行 |
| 確定までの目安 | 数週間〜数か月程度(期日までの期間次第) | 異議がなければ比較的早期に確定(仮執行宣言) |
| 費用の水準 | 手数料+予納郵券。訴額により数千円程度が目安 | 手数料+予納郵券。金額帯により異なる |
| 向く場面 | 争点が明確で、話し合い(和解)も視野に入れたい場合 | 債務名義取得だけを急ぎたい場合、相手が黙示しそうな場合 |
支払督促の実務的な使い分けは支払督促の活用ガイドに詳しくまとめています。未払い賃金のように労働法制との絡みがある案件では賃金未払いの請求手引きも参照してください。
申立ての流れ — 必要書類と費用
申立ては、管轄の簡易裁判所に少額訴訟起訴状(訴状)を提出する形で行います。現在はオンライン(裁判所の電子申告システム)でも提出できますし、窓口や郵送でも可能です。
- 当事者の特定:自分と相手方の氏名・住所。法人なら商業登記情報と一致させる
- 請求の趣旨:「被告は原告に対し金◯◯万円及びこれに対する遅延損害金を支払え」のような形
- 請求の原因:いつ・どのような契約や事故で、いくらの債権が発生したかの時系列の記述
- 証拠:契約書、領収書、請求書、メッセージ履歴の印刷、写真など。原本と写しを揃える
- 費用:手数料(収入印紙または電子納付)+郵便切手の予納。訴額60万円の場合の手数料は数千円程度が目安ですが、改正により変わりうるため最新の額は裁判所の公式案内で必ず確認してください
申立て時に、第1回期日が指定されます。期日は平日の日中に設定されるため、会社員の方は休暇の取得が必要になる点も織り込んでおきましょう。
期日の進め方 — 和解が大きな割合を占める
少額訴訟の期日は、まず裁判官から請求の内容を確認され、被告側の反応を聞く形で進みます。実際の運用では、期日内に和解が成立する割合が相当にあるのが特徴です。分割払いの合意、一部免除と引き換えの一括払いなど、双方が歩み寄る解決がその場で成立すれば、調停調書・和解調書という債務名義になります。
- 主張は簡潔に。時系列メモを持参し、証拠ごとに「これは何を証明するものか」を一言で説明できるようにしておく
- 相手の出頭なしに審理が進む場合もあります(公示送達や不出頭扱いの制度)
- 和解案の提示があった場合、受諾するかどうかの判断材料(回収可能性、相手の支払能力)を事前に整理しておく
- 期日当日に結論が出ない場合でも、手続の性格上、引き延ばしは限定的です
示談交渉の段階から解決を目指す考え方は示談・和解の進め方でも触れています。少額訴訟の期日での和解は「法廷内での示談」なので、合意した瞬間に強制力のある文書が手に入る点が、私的な示談書との大きな違いです。
異議が出たら — 「一回限り」ルールと通常手続への移行
判決言渡し後、相手方が異議を述べた場合、事件は通常の手続に移ります。ここで重要なのが前述の「同一事件について二度と少額訴訟を提起できない」ルールです。つまり異議後は、(a) 同じ裁判所で通常の手続として審理を継続してもらうか、(b) 通常訴訟として改めて提起するか、という道になります。
通常の手続では、準備書面のやり取り、弁論準備期日、証人尋問といったプロセスが入るため、解決までの期間は伸びます。逆に言えば、相手が異議を出す見込みが高い案件(真っ向から争う姿勢を見せている案件)では、少額訴訟の速度メリットを過大評価しないことが大切です。一方で、支払能力はあるのに単に放置している相手であれば、異議すら出ずに確定することも多く、少額訴訟の効果は大きくなります。
確定した判決や和解調書は債務名義となり、次節の強制執行に進めます。保全の必要性(相手が財産を処分しそうな場合)は、仮差押え・保全命令の活用で扱う別の手続の検討対象です。
勝訴後の強制執行
債務名義を得ても、相手が自発的に払わなければ実質的な回収はまだです。強制執行の代表的な方法は次のとおりです。
- 給与差押え:勤務先宛てに債権差押命令を申し立て、給与から天引で回収する。回収可能性の高い手段
- 預貯金差押え:金融機関宛ての差押命令。口座情報が分かる場合に有効
- 動産執行:執行官による動産の差押え。現物資産が見えている場合
- 不動産執行:競売による換価。債権額が大きい場合に検討
執行の成否は相手の財産情報をどれだけ持っているかで決まります。勤務先、銀行口座、自宅不動産といった情報を、取引の中で日常的に控えておくことが、後の回収率を左右します。財産開示手続(債務名義取得後に財産の開示を命じる手続)も用意されているので、情報がない場合の出口として覚えておきましょう。
自分で進める場合の準備チェックリスト
| 段階 | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 請求前 | 内容証明等での催告、証拠の一元化 | 催告記録が遅延損害金の起算や誠意の立証に効く |
| 申立て | 管轄の確認、訴状の作成、印紙・切手の手配 | 請求金額は60万円以内に収めるか、超過分の処理方針を決める |
| 期日前 | 時系列メモ、証拠のコピー、和解条件の決定 | 最低限受け入れられる和解条件(下限)を決めておく |
| 期日 | 本人出頭、簡潔な陳述、和解対応 | 感情的な応酬は避け、事実と数字で話す |
| 確定後 | 送達の確認、執行手続の選択 | 財産情報の整備が回収の鍵 |
期限や期日の管理は、一件なら問題ありませんが、複数の請求を並行すると取りこぼしが発生します。期限・期日管理をAIで仕組み化する方法の考え方は個人にも応用できます。
AIの活用箇所と限界
生成AIは、少額訴訟の準備のうち「文章化」に関わる部分をかなり支援できます。
- 請求の原因となる時系列の整理(バラバラの記録から年月日順の物語を作る)
- 訴状・準備書面のドラフト作成と、論理の飛びの指摘
- 相手方の想定反論の洗い出しと、それへの答弁案の作成
- 期日用の発言メモ・証拠説明書の初稿
一方で、管轄の判断、請求金額の設計、和解条件の妥当性、執行方法の選択は、個別事情と法律知識が絡むため最終判断は人間が行います。また、生成AIが提示する条文番号や手続細部には誤りが混入しうるため、必ず裁判所の公式案内や条文原文と照合してください。AIツール全般の選定は法律AIツール比較2026、ドラフト作成の手順はAI契約書ジェネレーターの無料活用ガイドを参照してください。そもそも契約段階でのトラブル予防が最良であることは、契約書をAIで下書きする進め方の観点からも再確認しておきたいところです。
よくある質問
Q1. 弁護士がいなくても少額訴訟はできますか?
できます。少額訴訟は本人訴訟を想定して設計された手続であり、書式も裁判所の公式サイトで入手できます。ただし、法律構成が難しい事件や高額な事件では、専門家への相談が結果を左右することもあります。
Q2. 相手方の住所がわかりません。提起できますか?
相手方の氏名住所の特定が前提となります。住民票の取得には正当な理由が必要な場合があり、弁護士会の照会制度を使うには弁護士への委任が必要です。取引記録から住所を特定できない場合は、まず専門家に相談する段階といえます。
Q3. 訴額が60万円を少し超えています。使えますか?
60万円を超える部分については通常の手続での請求が必要です。「60万円だけ少額訴訟で請求し、残額は放棄する」「全体を通常訴訟で起こす」という選択肢の比較になります。超過部分の扱いは申立て前に決めておいてください。
Q4. 手数料はいくら必要ですか?
訴額に応じた手数料(収入印紙または電子納付)と、郵便切手の予納が必要です。近年の制度改正で手数料体系が変わっているため、具体的な金額は裁判所の公式案内で最新のものを確認してください。概ね数千円程度の範囲に収まることが多いのは事実です。
Q5. 相手が期日に来ませんでした。どうなりますか?
一定の要件を満たせば、相手の出頭なく審理を進めることができます。結果的に請求が認容されることもあれば、請求棄却となることもあり、提示した証拠の質が決定的です。証拠は期日前に整理し尽くしておきましょう。
Q6. 判決に異議が出ました。負けたのですか?
いいえ、異議は手続の移行であって敗訴ではありません。ただし以後は通常の手続で争うことになり、時間はかかります。通常手続でも主張・証拠は引き続き活きますので、準備を更新しながら進めてください。
Q7. 和解で分割払いの合意をしました。相手が払わなくなったら?
和解調書は債務名義なので、直ちに強制執行に移れます。「一度でも支払が滞ったら残額全部を請求できる」(期限の利益喪失)条項を和解条項に入れておくと、残額一括での執行が可能になります。期日内の交渉ではこの文言を忘れずに。
Q8. 時効が近づいています。間に合いますか?
時効の完成時期と中断(完成猶予)事由の関係は重要な論点です。訴えの提起は時効の完成を猶予する事由になりますが、その後の手続進行要件もあります。ギリギリのタイミングでは、催告の効果や専門家への相談も含めて早急に判断してください。
Q9. 敷金返還にも使えますか?
使えます。退去時の敷金精算を巡る紛争は少額訴訟の典型例です。入居時・退去時の写真、原状回復の工事明細、賃貸借契約書の特約条項が主要な証拠になります。敷金トラブル特有の論点は敷金・原状回復トラブルの手引きに詳しいです。
Q10. 遅延損害金も一緒に請求できますか?
できます。支払期日の翌日からの法定利率(または契約で定めた利率)で計算した遅延損害金を含めて請求するのが一般的です。計算方法を一覧表にして添付しておくと、期日での説明が滑らかになります。
Q11. 複数の相手に同じ請求があります。まとめて起こせますか?
共同訴訟の形が認められる場合もありますが、各相手との関係で主張が異なる場合は分けたほうが扱いやすいこともあります。また、同一簡易裁判所での同時期の少額訴訟は原則10件までという上限もあるため、多数件の場合は手続設計から考える必要があります。
Q12. AIに訴状を作ってもらってそのまま出してもよいですか?
ドラフトとして有効ですが、提出前には (1) 事実の記載がすべて真実か、(2) 金額計算が正しいか、(3) 管轄や当事者表示に誤りがないか、を必ず自分で確認してください。AIの出力に含まれる手続細部の誤りは、修正せずに提出すると手続のやり直しにつながります。
まとめ — 小さい請求ほど「速さと確実さ」を設計する
少額訴訟は、60万円以下の金銭請求を短期間・低コストで債務名義まで持っていける実用的な手続です。成功のカギは、(1) 争点が明確な案件に使うこと、(2) 証拠と時系列を期日前に固めること、(3) 期日内の和解に備えて条件の下限を決めておくこと、(4) 確定後の執行を見据えて財産情報を持っていること、の四つに集約されます。支払督促との使い分けも含めて、小さな請求こそ手続の選択で成果が決まるのです。
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※本記事は一般的な情報提供であり、特定の案件に対する法律助言ではありません。手続の詳細・費用は変更されうるため最新の公式案内をご確認のうえ、個別のご判断は弁護士等の専門家にご相談ください。